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2005年春、彼女は1ヶ月早産児として生まれた。出生時の体重は2,656g。予定通りなら4,000gを超えると言われていただけあって、早産にも関わらず保育器セーフの大きな(といっても周囲の正常月数で生まれた子に比べたら小さかったのだけれど)子だった。
なぜ早産だったかといえば、妊娠8ヶ月・9ヶ月という身重な状態で引越2連荘・・・無理が祟ったのだった。引越準備で腹痛と出血に耐えてだましだまし動いていたら、もう耐え切れないくらい痛くなってしまい、病院へ行ったら「このままだと産まれてしまうので産みましょう」という話になったからだった。結果、帝王切開。私の術後の経過が思わしくなくて、初めて逢ったのは生後3日目の事だった。

最初はおっぱいを吸う力も弱く、指は透き通るほど細かったお猿さんも、生後1ヶ月を過ぎたあたりからめきめき大きくなった。いつのまにか首が座り、寝返りをし、おすわり、はいはい、つかまり立ち・・・1歳を過ぎたあたりに歩けるようになり、2歳を過ぎたあたりから徐々に言葉数が増えた。もうすぐ2歳7ヶ月となる現在・・・すっかり足腰も落ち着き走り回れるようになった彼女は、保育園でお友達と遊んでいるのが功を奏してか、爆発的なスピードで成長し続けている。日々出来ることも使える言葉も増え、「いつのまに!?」と驚かされることも少なくない。そして、いわゆる「恐るべき2歳児」と呼ばれる能力を発揮し暴挙の限りを尽くしてくれている。
ちょうど2歳の誕生日の日に私と元旦那の離婚が成立。ミニラの姓を私の姓と同じくする手続などを終えた、離婚して約1ヶ月後に2人で家を出た。もともとあまり父娘の交流がなかった(仕事や自分のやりたいことで忙しかった元旦那はほとんど家に居なかった・・・)所為か、離婚・別居となってもさほど影響を受けていないように見受けられた。もしかしたらそれは彼女の処世術かもしれないけれど、元旦那にこだわりを見せないことで、どれだけ私が救われたかは知れない。
その後、今の彼氏(離婚前から色々相談に乗ってもらったりしていた)と逢う時間が長くなるにつれ、彼女は誰に教えられるわけでもなく自ら彼を「パパ」と呼んだ(彼もそんなミニラを「うちの子は可愛いなぁ」とバカ可愛がりするほどの父親ぶりを発揮している)。ちょっと意地悪されても、悪いことをして叱られても、それでも彼が好きみたいだ。今では彼がいないと「パパは〜?」を連発するまでになった。
トマトが大好き。フルーツも大好き。魚は骨があっても頑張って食べる。お肉は特に鶏肉が好きみたい。・・・でもまだおっぱいは手放せない様子。
「育児は育自」とはよく言ったもので、ミニラのおかげで確実に母に押し上げられた自分がいる。決して、イヤじゃない。寧ろ、好ましい。
大切な、大切な、私のBaby。
ゆっくり、のびのび、おおきくなぁれ。
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